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居抜き物件No.7

久しぶりの更新です
サボってたわけではないのですが、これからは少しずつ書いていこうと思いますので、宜しくです★



■大阪の大人気地域「千里山」■千里山駅2分のカフェ■


・北摂人気地域「千里山駅」より、優良物件のご案内です★
詳しくは「店舗そのままオークション」でご紹介しています。ぜひご覧下さい★
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気になる方はぜひ一度ご覧ください。
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ご連絡お待ちしております


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異文化を感じる 【1マニーの恐怖】

先日、韓国を訪問してきました。
初めての海外でしたが、いざ行ってみると「まぁこんなもんか」といった感じでしたw

海をほんの数十キロ隔てただけで、やはり文化の成長は著しく方向性が違う。欧州などの陸続きとは違い、日本や韓国、オーストラリアやイギリスなどの島国は、やはりどこか独特のカルチャーを感じる。といっても韓国は隣接しているが、中国・ロシア(ここでは半島(南北)を1つとしています)との共通性はあまりないように感じる。国家間の友好関係も関係しているのでしょうか。

カジノや観光名所など、色々なスポットを訪れましたが、まず感じたのが、物価が高い!

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それは韓国の経済事情を基準としています。
日本円に換算すると、比較的安いですが、それでもタイや周辺アジア諸国のような激安感はありません。韓国の一般的な収入水準は日本の半分程度だったと記憶しています。当然物価もそれに準拠していると考えていたわけですが、国が堂々と為替介入をしている状況なので、やはり経済バランスも脆いのかと思いました。道中で購入した水が80円くらいだったのを考えると、日本より高いのか?と感じたりもしました。



まず最初に食べた韓国冷麺。
感想は、ハッキリ言ってまずかっ・・・まぁまぁおいしかったです。

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どことなく日本の昔の香りがしそうな町並み

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言葉は英語が比較的通じました・・・ある1箇所を除いて(これに関しては後ほど)
ハングルがまったく分からないので不安でしたが、カタコトからネイティブレベルまで英語は常に誰か話せる人がいたので安心でした。意外だったのは、カジノとホテルでした。カジノのフロント全員がカタコト英語で、日本語ももちろん無理でした。ホテルではドライヤーが見つけられなかったので、日本と違い無いのかなーと思いつつフロントに電話しました。その時の会話がこんな感じです。



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私 「もしもし、日本語は大丈夫ですか?」

フロント 「well,,,Do you speak English?」(えー、英語は話せる?)

私 「(敬語つかえよ(笑)まぁいいけど) OK.Where is the dryer? I looked but could not find the room.」(ドライヤーどこですか?部屋を探したが見つけられなかった)

フロント 「Hairdryer?」(髪の毛の?)

私 「Yes,where?」(そうです、あります?)

フロント 「センメンジョ・・・ミロ、カガミノウラ・・・ミロ、ヨクミロ、ヨクミロセンメンジョミロヨクミロ」

私「(爆笑) OK I understand.thanks.」(わかりやしたーありがとう)



意表をつく日本語と命令口調に爆笑してしまいました。なぜあそこだけ日本語なのか。見ろてw 
画像のように部屋は綺麗でした。いいホテルだったのだと思います。
ちなみに同室だった同僚のKさんは朝の集合時間をオール日本語でき訊いていました。そしてなぜか時間を聞けて「おおきに~♪」と伝えていました。天才なのでしょうか。


言葉と言えば、こんな物もありました。
韓国では日本食を日食と表記するのでしょうか・・・?

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カジノではそのKさんと夜中、ラーメンを食べようと挑戦しました。
カジノ内部では満足のいきそうなメニューが無かったので、怖いけど思い切って外に行こうということになり、右も左もわからないま、とりあえず探索を開始しました。

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今思うと、なかなかチャレンジだったと思いますが、当時は2人とも「ほとんど店しまってるなー真っ暗やなーどうする?」と、のんきな感じでフラフラとしていました。途中怪しい車から声をかけられたが、Kさんの日本語で一蹴(笑)。探していると1つだけ怪しそうなカフェのような飲食店が空いていました。雰囲気が雰囲気だったので、最初は2人とも躊躇しましたが、思い切って入ると、奇跡的に日本語が多少喋れる馬鈴(マーリン)さんという可愛い名前のおばちゃんが、出迎えてくれました。
そこで食べたラーメンがこれ。

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ほぼインスタントのような味でした。Kさんも「マーリン!あかんあかん!これあかん!インスタントやんこれ!ぼったくる気やな自分!かなんわー」と絡んでいましたが、全部無視されていました(笑)私はまぁこんなもんかwと思いながら、日本が大好きな馬鈴に、地震の現状や、最近の流行などを話していました。

御不満のKさん。

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最終日、今回は観光スポットがメインだったので、同僚ら数人と、一般的な韓国人がいくようなお店に行こうと少しだけ街へ繰り出しました。時間もあまりなかったので急ぎ足で探していると、交差点の角で何やら日本で言う「おでん」のようなものを売っている屋台のようなものを発見。

この屋台こそ、先ほど書いた、英語も日本語も通用しないところです。
たった1つのよくわからないおでんのようなものを売買するのに四苦八苦する日本語 VS ハングル をご覧ください(笑)

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買物や観光もそれなりに楽しみましたが、個人的には、その地の空気感に触れることが旅行の醍醐味だと思います。大統領の御所や歴史的建造物の印象も、最後の屋台のおばちゃんですべて吹き飛びました(笑)

多少詰め込んだ行程でしたが、楽しい時間を過ごしました。
また機会があれば行こうかな★

そしてこの機会を与えて下さった方々に感謝しています。
ありがとうございました★



【村上春樹】カタルーニャ国際賞スピーチ原稿全文 

【バルセロナ共同】9日のスペインのカタルーニャ国際賞授賞式で配布された作家村上春樹さんの受賞スピーチの原稿全文は次の通り。(原文のまま)

___________________________________________________

 

「非現実的な夢想家として」


 僕がこの前バルセロナを訪れたのは二年前の春のことです。サイン会を開いたとき、驚くほどたくさんの読者が集まってくれました。長い列ができて、一時間半かけてもサインしきれないくらいでした。どうしてそんなに時間がかかったかというと、たくさんの女性の読者たちが僕にキスを求めたからです。それで手間取ってしまった。


 僕はこれまで世界のいろんな都市でサイン会を開きましたが、女性読者にキスを求められたのは、世界でこのバルセロナだけです。それひとつをとっても、バルセロナがどれほど素晴らしい都市であるかがわかります。この長い歴史と高い文化を持つ美しい街に、もう一度戻ってくることができて、とても幸福に思います。

 でも残念なことではありますが、今日はキスの話ではなく、もう少し深刻な話をしなくてはなりません。

 ご存じのように、去る3月11日午後2時46分に日本の東北地方を巨大な地震が襲いました。地球の自転が僅かに速まり、一日が百万分の1・8秒短くなるほどの規模の地震でした。

 地震そのものの被害も甚大でしたが、その後襲ってきた津波はすさまじい爪痕を残しました。場所によっては津波は39メートルの高さにまで達しました。39メートルといえば、普通のビルの10階まで駆け上っても助からないことになります。海岸近くにいた人々は逃げ切れず、二万四千人近くが犠牲になり、そのうちの九千人近くが行方不明のままです。堤防を乗り越えて襲ってきた大波にさらわれ、未だに遺体も見つかっていません。おそらく多くの方々は冷たい海の底に沈んでいるのでしょう。そのことを思うと、もし自分がその立場になっていたらと想像すると、胸が締めつけられます。生き残った人々も、その多くが家族や友人を失い、家や財産を失い、コミュニティーを失い、生活の基盤を失いました。根こそぎ消え失せた集落もあります。生きる希望そのものをむしり取られた人々も数多くおられたはずです。


 日本人であるということは、どうやら多くの自然災害とともに生きていくことを意味しているようです。日本の国土の大部分は、夏から秋にかけて、台風の通り道になっています。毎年必ず大きな被害が出て、多くの人命が失われます。各地で活発な火山活動があります。そしてもちろん地震があります。日本列島はアジア大陸の東の隅に、四つの巨大なプレートの上に乗っかるような、危なっかしいかっこうで位置しています。我々は言うなれば、地震の巣の上で生活を営んでいるようなものです。

 台風がやってくる日にちや道筋はある程度わかりますが、地震については予測がつきません。ただひとつわかっているのは、これで終りではなく、別の大地震が近い将来、間違いなくやってくるということです。おそらくこの20年か30年のあいだに、東京周辺の地域を、マグニチュード8クラスの大型地震が襲うだろうと、多くの学者が予測しています。それは十年後かもしれないし、あるいは明日の午後かもしれません。もし東京のような密集した巨大都市を、直下型の地震が襲ったら、それがどれほどの被害をもたらすことになるのか、正確なところは誰にもわかりません。

 にもかかわらず、東京都内だけで千三百万人の人々が今も「普通の」日々の生活を送っています。人々は相変わらず満員電車に乗って通勤し、高層ビルで働いています。今回の地震のあと、東京の人口が減ったという話は耳にしていません。

 なぜか?あなたはそう尋ねるかもしれません。どうしてそんな恐ろしい場所で、それほど多くの人が当たり前に生活していられるのか?恐怖で頭がおかしくなってしまわないのか、と。

 日本語には無常(mujo)という言葉があります。いつまでも続く状態=常なる状態はひとつとしてない、ということです。この世に生まれたあらゆるものはやがて消滅し、すべてはとどまることなく変移し続ける。永遠の安定とか、依って頼るべき不変不滅のものなどどこにもない。これは仏教から来ている世界観ですが、この「無常」という考え方は、宗教とは少し違った脈絡で、日本人の精神性に強く焼き付けられ、民族的メンタリティーとして、古代からほとんど変わることなく引き継がれてきました。

 「すべてはただ過ぎ去っていく」という視点は、いわばあきらめの世界観です。人が自然の流れに逆らっても所詮は無駄だ、という考え方です。しかし日本人はそのようなあきらめの中に、むしろ積極的に美のあり方を見出してきました。

 自然についていえば、我々は春になれば桜を、夏には蛍を、秋になれば紅葉を愛でます。それも集団的に、習慣的に、そうするのがほとんど自明のことであるかのように、熱心にそれらを観賞します。桜の名所、蛍の名所、紅葉の名所は、その季節になれば混み合い、ホテルの予約をとることもむずかしくなります。

 どうしてか?

 桜も蛍も紅葉も、ほんの僅かな時間のうちにその美しさを失ってしまうからです。我々はそのいっときの栄光を目撃するために、遠くまで足を運びます。そしてそれらがただ美しいばかりでなく、目の前で儚く散り、小さな灯りを失い、鮮やかな色を奪われていくことを確認し、むしろほっとするのです。美しさの盛りが通り過ぎ、消え失せていくことに、かえって安心を見出すのです。

 そのような精神性に、果たして自然災害が影響を及ぼしているかどうか、僕にはわかりません。しかし我々が次々に押し寄せる自然災害を乗り越え、ある意味では「仕方ないもの」として受け入れ、被害を集団的に克服するかたちで生き続けてきたのは確かなところです。あるいはその体験は、我々の美意識にも影響を及ぼしたかもしれません。

 今回の大地震で、ほぼすべての日本人は激しいショックを受けましたし、普段から地震に馴れている我々でさえ、その被害の規模の大きさに、今なおたじろいでいます。無力感を抱き、国家の将来に不安さえ感じています。

 でも結局のところ、我々は精神を再編成し、復興に向けて立ち上がっていくでしょう。それについて、僕はあまり心配してはいません。我々はそうやって長い歴史を生き抜いてきた民族なのです。いつまでもショックにへたりこんでいるわけにはいかない。壊れた家屋は建て直せますし、崩れた道路は修復できます。

 結局のところ、我々はこの地球という惑星に勝手に間借りしているわけです。どうかここに住んで下さいと地球に頼まれたわけじゃない。少し揺れたからといって、文句を言うこともできません。ときどき揺れるということが地球の属性のひとつなのだから。好むと好まざるとにかかわらず、そのような自然と共存していくしかありません。

 ここで僕が語りたいのは、建物や道路とは違って、簡単には修復できないものごとについてです。それはたとえば倫理であり、たとえば規範です。それらはかたちを持つ物体ではありません。いったん損なわれてしまえば、簡単に元通りにはできません。機械が用意され、人手が集まり、資材さえ揃えばすぐに拵えられる、というものではないからです。

 僕が語っているのは、具体的に言えば、福島の原子力発電所のことです。

 みなさんもおそらくご存じのように、福島で地震と津波の被害にあった六基の原子炉のうち、少なくとも三基は、修復されないまま、いまだに周辺に放射能を撒き散らしています。メルトダウンがあり、まわりの土壌は汚染され、おそらくはかなりの濃度の放射能を含んだ排水が、近海に流されています。風がそれを広範囲に運びます。

 十万に及ぶ数の人々が、原子力発電所の周辺地域から立ち退きを余儀なくされました。畑や牧場や工場や商店街や港湾は、無人のまま放棄されています。そこに住んでいた人々はもう二度と、その地に戻れないかもしれません。その被害は日本ばかりではなく、まことに申し訳ないのですが、近隣諸国に及ぶことにもなりそうです。

 なぜこのような悲惨な事態がもたらされたのか、その原因はほぼ明らかです。原子力発電所を建設した人々が、これほど大きな津波の到来を想定していなかったためです。何人かの専門家は、かつて同じ規模の大津波がこの地方を襲ったことを指摘し、安全基準の見直しを求めていたのですが、電力会社はそれを真剣には取り上げなかった。なぜなら、何百年かに一度あるかないかという大津波のために、大金を投資するのは、営利企業の歓迎するところではなかったからです。

 また原子力発電所の安全対策を厳しく管理するべき政府も、原子力政策を推し進めるために、その安全基準のレベルを下げていた節が見受けられます。

 我々はそのような事情を調査し、もし過ちがあったなら、明らかにしなくてはなりません。その過ちのために、少なくとも十万を超える数の人々が、土地を捨て、生活を変えることを余儀なくされたのです。我々は腹を立てなくてはならない。当然のことです。

 日本人はなぜか、もともとあまり腹を立てない民族です。我慢することには長けているけれど、感情を爆発させるのはそれほど得意ではない。そういうところはあるいは、バルセロナ市民とは少し違っているかもしれません。でも今回は、さすがの日本国民も真剣に腹を立てることでしょう。

 しかしそれと同時に我々は、そのような歪んだ構造の存在をこれまで許してきた、あるいは黙認してきた我々自身をも、糾弾しなくてはならないでしょう。今回の事態は、我々の倫理や規範に深くかかわる問題であるからです。

 ご存じのように、我々日本人は歴史上唯一、核爆弾を投下された経験を持つ国民です。1945年8月、広島と長崎という二つの都市に、米軍の爆撃機によって原子爆弾が投下され、合わせて20万を超す人命が失われました。死者のほとんどが非武装の一般市民でした。しかしここでは、その是非を問うことはしません。

 僕がここで言いたいのは、爆撃直後の20万の死者だけではなく、生き残った人の多くがその後、放射能被曝の症状に苦しみながら、時間をかけて亡くなっていったということです。核爆弾がどれほど破壊的なものであり、放射能がこの世界に、人間の身に、どれほど深い傷跡を残すものかを、我々はそれらの人々の犠牲の上に学んだのです。

 戦後の日本の歩みには二つの大きな根幹がありました。ひとつは経済の復興であり、もうひとつは戦争行為の放棄です。どのようなことがあっても二度と武力を行使することはしない、経済的に豊かになること、そして平和を希求すること、その二つが日本という国家の新しい指針となりました。

 広島にある原爆死没者慰霊碑にはこのような言葉が刻まれています。

 「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」

 素晴らしい言葉です。我々は被害者であると同時に、加害者でもある。そこにはそういう意味がこめられています。核という圧倒的な力の前では、我々は誰しも被害者であり、また加害者でもあるのです。その力の脅威にさらされているという点においては、我々はすべて被害者でありますし、その力を引き出したという点においては、またその力の行使を防げなかったという点においては、我々はすべて加害者でもあります。

 そして原爆投下から66年が経過した今、福島第一発電所は、三カ月にわたって放射能をまき散らし、周辺の土壌や海や空気を汚染し続けています。それをいつどのようにして止められるのか、まだ誰にもわかっていません。これは我々日本人が歴史上体験する、二度目の大きな核の被害ですが、今回は誰かに爆弾を落とされたわけではありません。我々日本人自身がそのお膳立てをし、自らの手で過ちを犯し、我々自身の国土を損ない、我々自身の生活を破壊しているのです。

 何故そんなことになったのか?戦後長いあいだ我々が抱き続けてきた核に対する拒否感は、いったいどこに消えてしまったのでしょう?我々が一貫して求めていた平和で豊かな社会は、何によって損なわれ、歪められてしまったのでしょう?

 理由は簡単です。「効率」です。

 原子炉は効率が良い発電システムであると、電力会社は主張します。つまり利益が上がるシステムであるわけです。また日本政府は、とくにオイルショック以降、原油供給の安定性に疑問を持ち、原子力発電を国策として推し進めるようになりました。電力会社は膨大な金を宣伝費としてばらまき、メディアを買収し、原子力発電はどこまでも安全だという幻想を国民に植え付けてきました。

 そして気がついたときには、日本の発電量の約30パーセントが原子力発電によってまかなわれるようになっていました。国民がよく知らないうちに、地震の多い狭い島国の日本が、世界で三番目に原発の多い国になっていたのです。

 そうなるともうあと戻りはできません。既成事実がつくられてしまったわけです。原子力発電に危惧を抱く人々に対しては「じゃああなたは電気が足りなくてもいいんですね」という脅しのような質問が向けられます。国民の間にも「原発に頼るのも、まあ仕方ないか」という気分が広がります。高温多湿の日本で、夏場にエアコンが使えなくなるのは、ほとんど拷問に等しいからです。原発に疑問を呈する人々には、「非現実的な夢想家」というレッテルが貼られていきます。

 そのようにして我々はここにいます。効率的であったはずの原子炉は、今や地獄の蓋を開けてしまったかのような、無惨な状態に陥っています。それが現実です。

 原子力発電を推進する人々の主張した「現実を見なさい」という現実とは、実は現実でもなんでもなく、ただの表面的な「便宜」に過ぎなかった。それを彼らは「現実」という言葉に置き換え、論理をすり替えていたのです。

 それは日本が長年にわたって誇ってきた「技術力」神話の崩壊であると同時に、そのような「すり替え」を許してきた、我々日本人の倫理と規範の敗北でもありました。我々は電力会社を非難し、政府を非難します。それは当然のことであり、必要なことです。しかし同時に、我々は自らをも告発しなくてはなりません。我々は被害者であると同時に、加害者でもあるのです。そのことを厳しく見つめなおさなくてはなりません。そうしないことには、またどこかで同じ失敗が繰り返されるでしょう。

 「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」

 我々はもう一度その言葉を心に刻まなくてはなりません。

 ロバート・オッペンハイマー博士は第二次世界大戦中、原爆開発の中心になった人ですが、彼は原子爆弾が広島と長崎に与えた惨状を知り、大きなショックを受けました。そしてトルーマン大統領に向かってこう言ったそうです。

 「大統領、私の両手は血にまみれています」

 トルーマン大統領はきれいに折り畳まれた白いハンカチをポケットから取り出し、言いました。「これで拭きたまえ」

 しかし言うまでもなく、それだけの血をぬぐえる清潔なハンカチなど、この世界のどこを探してもありません。

 我々日本人は核に対する「ノー」を叫び続けるべきだった。それが僕の意見です。

 我々は技術力を結集し、持てる叡智を結集し、社会資本を注ぎ込み、原子力発電に代わる有効なエネルギー開発を、国家レベルで追求すべきだったのです。たとえ世界中が「原子力ほど効率の良いエネルギーはない。それを使わない日本人は馬鹿だ」とあざ笑ったとしても、我々は原爆体験によって植え付けられた、核に対するアレルギーを、妥協することなく持ち続けるべきだった。核を使わないエネルギーの開発を、日本の戦後の歩みの、中心命題に据えるべきだったのです。

 それは広島と長崎で亡くなった多くの犠牲者に対する、我々の集合的責任の取り方となったはずです。日本にはそのような骨太の倫理と規範が、そして社会的メッセージが必要だった。それは我々日本人が世界に真に貢献できる、大きな機会となったはずです。しかし急速な経済発展の途上で、「効率」という安易な基準に流され、その大事な道筋を我々は見失ってしまったのです。

 前にも述べましたように、いかに悲惨で深刻なものであれ、我々は自然災害の被害を乗り越えていくことができます。またそれを克服することによって、人の精神がより強く、深いものになる場合もあります。我々はなんとかそれをなし遂げるでしょう。

 壊れた道路や建物を再建するのは、それを専門とする人々の仕事になります。しかし損なわれた倫理や規範の再生を試みるとき、それは我々全員の仕事になります。我々は死者を悼み、災害に苦しむ人々を思いやり、彼らが受けた痛みや、負った傷を無駄にするまいという自然な気持ちから、その作業に取りかかります。それは素朴で黙々とした、忍耐を必要とする手仕事になるはずです。晴れた春の朝、ひとつの村の人々が揃って畑に出て、土地を耕し、種を蒔くように、みんなで力を合わせてその作業を進めなくてはなりません。一人ひとりがそれぞれにできるかたちで、しかし心をひとつにして。

 その大がかりな集合作業には、言葉を専門とする我々=職業的作家たちが進んで関われる部分があるはずです。我々は新しい倫理や規範と、新しい言葉とを連結させなくてはなりません。そして生き生きとした新しい物語を、そこに芽生えさせ、立ち上げてなくてはなりません。それは我々が共有できる物語であるはずです。それは畑の種蒔き歌のように、人々を励ます律動を持つ物語であるはずです。我々はかつて、まさにそのようにして、戦争によって焦土と化した日本を再建してきました。その原点に、我々は再び立ち戻らなくてはならないでしょう。

 最初にも述べましたように、我々は「無常(mujo)」という移ろいゆく儚い世界に生きています。生まれた生命はただ移ろい、やがて例外なく滅びていきます。大きな自然の力の前では、人は無力です。そのような儚さの認識は、日本文化の基本的イデアのひとつになっています。しかしそれと同時に、滅びたものに対する敬意と、そのような危機に満ちた脆い世界にありながら、それでもなお生き生きと生き続けることへの静かな決意、そういった前向きの精神性も我々には具わっているはずです。

 僕の作品がカタルーニャの人々に評価され、このような立派な賞をいただけたことを、誇りに思います。我々は住んでいる場所も遠く離れていますし、話す言葉も違います。依って立つ文化も異なっています。しかしなおかつそれと同時に、我々は同じような問題を背負い、同じような悲しみと喜びを抱えた、世界市民同士でもあります。だからこそ、日本人の作家が書いた物語が何冊もカタルーニャ語に翻訳され、人々の手に取られることにもなるのです。僕はそのように、同じひとつの物語を皆さんと分かち合えることを嬉しく思います。夢を見ることは小説家の仕事です。しかし我々にとってより大事な仕事は、人々とその夢を分かち合うことです。その分かち合いの感覚なしに、小説家であることはできません。

 カタルーニャの人々がこれまでの歴史の中で、多くの苦難を乗り越え、ある時期には苛酷な目に遭いながらも、力強く生き続け、豊かな文化を護ってきたことを僕は知っています。我々のあいだには、分かち合えることがきっと数多くあるはずです。

 日本で、このカタルーニャで、あなた方や私たちが等しく「非現実的な夢想家」になることができたら、そのような国境や文化を超えて開かれた「精神のコミュニティー」を形作ることができたら、どんなに素敵だろうと思います。それこそがこの近年、様々な深刻な災害や、悲惨きわまりないテロルを通過してきた我々の、再生への出発点になるのではないかと、僕は考えます。我々は夢を見ることを恐れてはなりません。そして我々の足取りを、「効率」や「便宜」という名前を持つ災厄の犬たちに追いつかせてはなりません。我々は力強い足取りで前に進んでいく「非現実的な夢想家」でなくてはならないのです。人はいつか死んで、消えていきます。しかしhumanityは残ります。それはいつまでも受け継がれていくものです。我々はまず、その力を信じるものでなくてはなりません。

 最後になりますが、今回の賞金は、地震の被害と、原子力発電所事故の被害にあった人々に、義援金として寄付させていただきたいと思います。そのような機会を与えてくださったカタルーニャの人々と、ジャナラリター・デ・カタルーニャのみなさんに深く感謝します。そして先日のロルカの地震の犠牲になられたみなさんにも、深い哀悼の意を表したいと思います。




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言葉は生きているとよく表現されますが、プロフェッショナルが言葉を操ると、こうも響くものかと思う。
敢えて英文は載せていませんが、英語は単語からいくつものニュアンスを汲む言語。もっと沢山のメッセージを世界に発信したんだと思う。

私の日常からは早くも地震の面影が消えつつあります。
社内に備え付けられた募金箱を見るたびに、被災地の知人の顔が思い出されます。

それでも毎日は進んでいく。
頭のいい人達は自分の行為が必ず復興へ繋がると確信しながら仕事をしていると思う。私はとびっきり頭が悪いので、本当にチカラになるのかどうか不安な気持ちの方が強い。

現実と夢想は犬猿の仲ではないと思う。太古から夢想を追いかけ、人はその夢を現実にしてきた歴史がある。
特に日本人は外国人と比べ、村上先生が言う以上に効率や快適さを追求する民族だと個人的には思う。現実に色々な面において、サービスや生活向上への技術が、日本はズバ抜けて質が高い。世界中から日本の製品、サービス、仕事力が評価されているのを見ても明らかだ。しかしその快適性への探求心が引き起こしたのは、今後数千年かけても地震以前と同じ環境には戻らないほどの大惨事だった。


今も原子力発電にて造られた電気でこのブログを書いているかもしれない。
すでに生活に深く浸透した原子力を今更どうにかするのは難しいと多くの人々は半ばあきらめに近い形で感じてしまっているだろう。
各放送局によって志向は違うが、TVでも風力発電や水力発電、太陽光発電の非効率を嘆く特集が組まれている。更には自然エネルギー大国のドイツやスペインあたりを風上に置いて、これらの国々は、日本と国土の環境が違うので一概に模範的だと言えないなどと伝えている。そして放送の最後に「私達は今後どうしたらいいのでしょうか」と、お決まりの提起で番組を締めくくり、暗に自然エネルギーだけでは日本は難しいんだよ、なにか他に替わる物が必要なんだよと訴える。あんなものをみると、尚更原子力発電が必要悪だと思ってしまう。こんな事があった直後から、すでに原子力発電所の再建を市民レベルから浸透させようとしているようにも思えてしまう。


私も原子力発電が絶対に100%必要でないかは正直なところ分からない。
しかしそのモノがなければ、危惧する事は絶対に起こることはない。
そういった意味では憲法9条や核爆弾を持つことによる抑止力論に似ている。
絶対に使わないと宣言してもそのモノが物理的に存在する以上、使用する可能性が0になることはない。
しかしそのモノが無ければ使わないのではなく、元から無い物を使う事は出来なくなる。
その時初めて可能性は0になる。原子力発電に関して言えば、不自由さと引き換えに、大きな安心感を得る事ができる。


私はその方がいいと思っている。

日本には原子力発電はいらないと思っている。
とんでもなく不自由な暮らしを強いられたとしても、日本には必要ない、そう思っている。

私に子供がいたとして、その子供が成人して私が孫を授る年齢までに、大きな地震が来る可能性が非常に高いと専門家は言う。現状のままであれば、その時に愛する妻や子供や孫が被爆する可能性が十分にある。その可能性と自分の生活における快適性を引き換えには私は絶対に出来ない。この2つが等価などと誰が思えるのか。


こういった考え方は極論なのだろうか。
言いすぎた表現なのだろうか。
そんなことを言っていると現実的には何も始められないほど自由がなくなる。どれほどの影響がでるか知っているのか、と識者や識者まがいあたりに罵倒されるのだろう。

しかし私はその罵声を聞きながら思うのだろう。

大切な人が死ぬよりはずっといいと。
単純な思考だが、シンプルな結論だ。

快適性も効率も便宜も生きているからこそ。
単純な思考だが、シンプルな答えだ。

原発推進者は、この点にも異議を唱えるのだろうか。
今回の結果を踏まえてもなお、数万人が死ぬリスクを承知で快適性を選択するのだろうか。




自然災害は忘れたころにやってくる。
誰が残した言葉かしらないが、いい警句だ。人の心も時間と共に薄らいでゆく。いずれ忘れてしまう。
でも自然災害と違い、人災はやってくるかどうかは我々次第なのだ。




村上先生のスピーチを聴いて、もう一度、色々と考えてみようと思いました。







テーマ : 日記
ジャンル : 日記

出店を考えるときの思考 その1【店舗前通行量】

早朝の心斎橋筋商店街。

朝の心斎橋筋




こちらは朝の法善寺横丁

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普段は、普段と言うのは多くの人々が利用する時間帯だが、この時間帯は車の通行(法善寺はもともと通れないがw)ができない。この商店街を利用した事のある方は分かるだろうが、車の通れる隙間など微塵もないのである。よって多くの利用者が、歩行者専用と勘違いしているほど、この商店街には人が溢れている。
多くの店舗オーナーさんが、この商店街立地に羨望の眼差しを向ける。もう少し家賃が安ければ私も出店を考えるんだけどなぁ・・・とよく聞く。しかし実際はそんな単純な話ではない。家賃が大幅に減額しても成り立たない業態などいくらでもある。更に言うならば、現況で成り立っている店舗、業態も少なからず存在している。人が多く通れば家賃が高くなる、この方程式は世界共通の店舗家賃設定における認識だろう。しかし重要なのは、店舗前通行人の「内容」である。


心斎橋筋商店街を例に取ると、まずは通行人の年齢層が低い。この商店街、元々は高貴な通路だった。今とはまったく違う意味で羨望の眼差しを受けていたのである。この商店街を歩ける事が一種のステータスでもあった。老舗店舗のオーナー様からよく伺う話である。その時代を生きた人々からすれば、今の商店街の姿は、もはやいくつもある筋の1つに過ぎないという。確かに品格という側面からみると頷ける内容なのかもしれない。時代と共に姿を変えてきた商店街に寂しさを感じているのだろう。個人的にも偏った業態構成に疑問を感じているが、功利主義的な発想が支配している今の状況で、文化的な要素を守る意見が通るとは思えない。加えて今の経済状況を鑑みると尚更その意見は立場を失うのである。


話を戻すと、年齢に相応して客単価も変動する。その考えからすると、高価な商品やサービスを提供する店舗の繁栄は期待できない地域だと言える。しかし、そうした業態を手掛ける強力なファンドパワーを持つ企業が、フラグシップとして出店しているのをたまに見るが、私はたやすく様々な情報を入手できるようになった今この世の中で、その手法に効力があるのか疑問を感じている。そんな店にはもちろん客などほとんど入っていない。文字通り旗の役割でしかない。そこから得られる効果が、今と昔ではかなり違うと感じている。その根拠は先ほど述べた情報の内容と、もうひとつ大きな要因がある。それは人の意識である。

昔は「心斎橋筋商店街にある店舗」としての効果は絶大だったと聞く。しかし今はそこにあろうがなかろうが、ユーザーにとってはほとんど関係なく、むしろ2等立地の更に横に延びる通路の奥深くに佇む店舗がもてはやされたりする。もちろんその店舗の料理が美味しい、サービスの質が高いなどもあるが、人が持つブランドイメージ、価値観、優越感などが時代と共に変化し、有名商店街に店舗があっても現在では「数多く存在する店舗の中の1つ」といった具合にしか捉えられていない店舗がほとんどだろう。逆に店舗オーナーが出店できた優越感に浸っている場合が多い。昔ならこの優越感が夜の謝辞等からお金に変わることもあっただろうが、現在ではこれが収益に寄与することは何一つない。


次に客の身分である。例えば同じ23歳でも大学生と銀行員では財布の中身は恐らく違う。学生と社会人の差は大きく、更に既婚、独身で同年齢でも大きく変わる。どの職業が一番お金を持っているかは一概に言えないだろうし、誰が既婚かなど判断することは不可能だ。このような内容にある程度の指針を付けるとすれば、周辺環境の理解がもっとも信頼できる。大型マンションが何棟あるか、オフィス街が近いか、目的の通路は、A地域からB地域への通り道として機能しているので、B地域の内容を見極めるなど、例えばこの3つだけでも明らかに出店戦略が変わってくる。そんなの当たり前の思考ルーティーンだと思う人でも、心斎橋筋商店街の強烈な通行量に判断が鈍る。以前のブログでも書いたが、この判断が破滅への第一歩となる可能性がある。見た目は若くても、どのような身分、質の人達なのか。そしてその中でもどのような人達が自店のオープンしている時間帯に通行しているか。人の質と言えば失礼な表現だが、この部分の見極めが、その場所で何が機能するかの大きな判断基準になる。ある意味では通行量よりも大事かもしれない。どれだけこの部分を入念に分析するかで、勝利を掴めるかどうかが半分は決まると言ってもいいだろう。


そしてこれは余談だが、ほとんどのオーナーが出店時には念頭に置いていない風評について。いつかの生産地偽装事件、O-157による集団食中毒、オイルショック、最近では狂牛病や口蹄疫、原発の放射線分布など、正確に細部まで理解・把握できない情報に対して、経済や世界は感情で動くことが多い。店舗経営、とりわけ飲食業ではこういった風評被害に経営が大きく左右される。しかし風評を突き詰めると、情報の真贋に確信が持てないからこそ風評被害が具現化するのであり、買わない人、食べない人に直接的な罪はない。情報を発信した側も言論の自由という曖昧なルールブックにのっとり発信している事がほとんどで、これまた発言・発信行為自体を避難するのも難しい。そうなると店舗不動産経営は、風評と共存していくしかないのである。どれだけそれに対しての対策を練っていても、、その努力とは別の次元で客足は遠のき、その施策とは無関係に原材料単価が上がるからである。唯一の対策があるとすれば、毎日の経営で顧客の信頼、ニーズを掴み続けることではないか。もしもの時でも風評がかかる以外の魅力部分で来店してもらえるような、ユーザーから見てそんな位置付けであるお店になることが、唯一の対策かもしれない。


最後に通行人の目的である。
自然の流れによって、厳密には流行のうねりや元々の地域の性質が元になって、であるが、その地域毎に店舗カラーが存在する。どこかのプロデュース企業や不動産会社が仕掛けた地域もあるが、ほとんどの地域が何かの特色を持っている。この地域一帯は×××が集まっているエリアなどという説明をよく耳にする。この地域カラーの波に乗る事も店舗出店を考察するにあたっての重要なフェーズである。
例えば、心斎橋筋商店街界隈と難波駅南東のなんさん通り界隈を比べてみると、通行量では心斎橋筋商店街が勝るが、年齢、身分、通行時間帯はどはほとんど変わらない。通行量に対する男女比率の差、社会人比率の差が多少あるくらいで、購買力という視点では、両地域にあまり大差はない。しかし両地域に極端に出店比率の違う業態がある。まず簡単に分かるのは被服関係の店舗。心斎橋筋商店街界隈にはいたるところに存在するが、なんさん通り近辺にはあまり見かけない。まったく無いわけではないが、心斎橋方面に比べると、0といってもいいくらいである。それとまったく同じ理由でなんさん通りに少ない業態がアルコール系である。居酒屋業態はほとんどない。逆に心斎橋へ行くと被服業態に負けず劣らず居酒屋がある。それはその地域を利用するユーザーの購買目的を見て、二次的に機能するか否かという論点で結論が見える。
さすがにこの2つの地域だと、出店を考えるオーナー様は上記のカラーぐらい認識済だと思う。しかし例えば清水通と鰻谷通と三休橋筋のカラーの違いはどうかと聞かれると、回答はリサーチ熟度に比例して大きく差が出る。明確に差が無いと思う方もいるだろうが、通い詰めると色々な発見がある。簡単に体感できるのが時間帯別のリサーチである。どこでどのような身分の人々が待ち合わせをしているのか、タクシーの流れが多くなる時間帯に最も通行量が多いのはどこかなど、数回見ただけでは魅力が無さそうな地域でも、リサーチすればするほど、時間と共にそのカラーを露呈するのである。






通行量という情報の中には、年齢、性別、職業、目的、既婚、通路特性など、様々な要素が隠れている。

よって単純に、「通行量が多い=優良立地」とは言えないはずだ。これらの内容を納得いくまで調査・把握した後でも店舗探しは遅くは無い。そして得たデータは、一度記憶してしまえばそうそう変化するものでもないので、出店を検討している地域を感覚だけで決めるのではなく、具体的な数値に起こし、ギリギリまでリスクを排除した店舗選びをして頂きたいと思う。自らが計画している売上高や備品の償却期間なども通行量調査に勘案しながら計画を立てていく。どこに出しても成功するお店など存在しないので、常に最悪の状況を考えながら進めていくことが大切だと思っています。



最後に、法善寺にいる猫ちゃん。
さてどこでしょうか?2匹いますよ★

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気付くと見つめられていましたw

ドキュメンタリ 「宇宙から来た72秒のシグナル」 鳴沢真也

 
最近物理学や天文学が慌ただしくなっています。
つい最近まで考えられていた想像が次々と覆されています。今、巷では「宇宙論」が熱気を帯びています。簡潔に言うと「宇宙を構成している成分は何か」です。 この問いに答えようと科学者たちが必死になっています。個人的には大好きな内容ですが、子供じみた内容が好きな私は、構成成分もいいけど、宇宙人さんはやっぱりいないの?と思ってしまいます(笑)

SETI(Search for Extraterrestrial Intelligence)という計画があります。訳は「地球外の知性を探査する」です。世界中にあるPCのネットワークも借りて、宇宙から来る人工的な電波や通信を捉えるのが主な目的の1つです。電波には明らかに自然界に存在しない種類がいくつもあります。その種のシグナルを捉える事が間接的に知的生命体の存在を証明できる・・・といった趣旨だと思います(間違っていたらゴメンナサイw)



そしてその謎めいた強烈な電波を、1度、72秒間だけ、人類は捉えています。


これはオカルトでもなく、都市伝説でもなく、科学的検証に基づき確実に捉えられています。その時観測した科学者が興奮のあまりデータ欄の横に「Wow」と書いたので、通称「ワオシグナル」と言われています。


宇宙から来た72秒のシグナル宇宙から来た72秒のシグナル
(2009/12/16)
鳴沢 真也

商品詳細を見る



日本も含めた世界中でSETI計画は行われています。実施されている内容が少し(人によってはかなりw)人類のニーズに即していないので、予算も露出もギリギリらしいですが、上記の説明でワクワクした方、興味の湧いた方はこの本を読んでみてもいいかもしれません。専門的な内容はほとんど無く、少年のような科学者たちの息遣いが聞こえてくるようです。男はいつまでたっても遊びの延長ですね。まぁ個人的に好きなジャンルなので、偏った評価をしていると思いますのでご了承下さい(笑) 



金星の地表から探査衛星に向かってピースしてる宇宙人の画像がNASAから発表・・・とかあったらおもしろいのになぁ(笑)



プロフィール

Saymer

Author:Saymer
洋楽ロック(80’s~90’s)と、スポーツ(球技全般)をこよなく愛しております。海山で自然との遊戯を好み、時間と資金と心に余裕があればすぐに動き出します。
読書も好きで、政治経済から推理小説、宗教理念やノンフィクション物まで何でも読みます。いい歳してTVゲームも好きで、結局インドアなのかアウトドアなのか自分でもよく分りません。
法律と科学を好み、文系か理系かこれまた自分でもよくわからない嗜好の持ち主です。
免疫力が弱いらしく、すぐにウイルスに負けてしまいます。阪和線で季節を問わず鼻水たらしながら本を読んでいるヒトを見かけたら、それは多分私です。

仕事は大阪の工務店で、不動産事業を行っております。
主に店舗不動産の仲介、売買、コンサルティングですが、収益物件取引、住居・店舗の賃貸や管理なども行っております。

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